令和3年予備論文 刑法

第1 乙の罪責について

 1 乙がXの首を絞めた行為に嘱託殺人罪(202条)は成立するか。この点について、Xは日頃から「殺してくれ」と言っていたが、それは真意によるものではなく、そのことを乙も知っていた。そのため、「嘱託」は認められず、同罪は成立しない。

 2 では、上記行為に殺人罪(199条)は成立するか。この点について、上記行為は生命侵害惹起の現実的危険性を有し、実行行為に当たる。そして、X死亡という結果が発生し、因果関係も認められ、乙はX殺害の故意も有していた。

3 よって、殺人罪が成立し、乙はその罪責を負う。

第2 甲の罪責について

 1 本件段ボール箱をY宅から持ち出した行為に窃盗罪(235条)は成立するか。

 (1)まず、本件段ボールは甲自身が所有する物であるが、「他人の財物」と言えるか。

  ア この点について、複雑化した現代社会においては、奪取罪の保護法益は占有それ自体である。そこで、自己の所有物であっても、他者が占有する場合には、「他人の財物」に当たると解する。

  イ これを本問についてみると、本件段ボールも「他人の財物」と言える。

 (2)そして次に、Yの意思に反して本件段ボールを自己の占有に移しているため、「窃取」したと言える。

 (3)よって、上記行為に窃盗罪が成立する。

2 本件帳簿に火をつけた行為につき、自己所有建造物等以外放火罪(110条2項)は成立するか。

 (1)まず、本件帳簿は「自己の所有に係る」物と言える。

 (2)次に、甲は「放火」をしており、本件帳簿は独立して燃焼を継続し得る状態であったと言えるから「焼損」している。

(3)そして、原動機付自転車及び釣り人に延焼する恐れが生じているため「公共の危険」が生じているところ、甲は原動機付自転車及び釣り人の存在を認識していなかった。そこで、「公共の危険」の認識の要否が問題となる。

  ア この点について、110条1項では、「よって」の文言が用いられている。

  イ 故に、公共の危険の認識を要しない。

 (4)よって、上記行為に自己所有建造物等以外放火罪が成立する。

 3 乙がXの首を絞めているのを放置した行為について、嘱託殺人の幇助(62条1項、202条)は成立するか。

 (1)まず、上記行為は不作為によるものであるが「幇助した」にあたりうるか。

  ア この点につき、不作為も法益侵害を惹起し得るため、不作為であっても「幇助」にあたりうる。もっとも、自由保障機能の観点から、作為との構成要件的同価値性が認められる場合に限られる。具体的には、①法的作為義務があったのにその義務に違反し、②作為が可能かつ容易であったのに作為をしなかった場合に認められると解する。

  イ これを本問についてみると、Xは甲の父であり親権者であるから、甲には扶養義務があった。さらに、乙とXの他には甲しかおらず、Xは甲の排他的支配下にあった。そのため,甲にはXを保護する法的作為義務があったにも関わらず、その義務に違反したと言える(①)。また、直ちに乙の両手をXから引き離したり、乙の行為を止めて救急車を呼んだりすることは可能かつ容易であったにも関わらず、かかる行為をしていない(②)。故に、「幇助した」にあたりうる。

 (2)次に、上記行為は乙の行為の物理的幇助に当たるため、「幇助した」と言える。

 (3)もっとも、甲は殺人の故意を有しておらず、嘱託殺人の故意しか有していなかったが、嘱託殺人の幇助は成立するか。

  ア この点について、故意責任の本質は反規範的人格態度に対する道義的非難にあり、規範は構成要件の形で一般人に与えられている。そこで、重なり合う軽い限度の罪で規範に直面したと言え、故意が認められると解する。

  イ これを本問についてみると、軽い嘱託殺人の限度で重なり合いが認められる。

 (4)よって、上記行為に嘱託殺人の幇助が成立する。

 4 以上から、窃盗罪、自己所有建造物等以外放火罪、嘱託殺人の幇助が成立し、これらは別個の行為によるものであるから併合罪(45条前段)となり、甲はかかる罪責を負う。